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歴史を知ることは大切だ。頓珍漢な「最近の○○は××で……」という安易な印象批評を避けるうえでも。大学の教授が論文指導の授業中あげた分かり易い例がある。現在の大学生(平成元年前後生まれ)が、「私の子どもの頃は受験戦争だった」とかくことは多いが、所謂「受験戦争」は団塊ジュニア世代に対して言うものであって、その後今に至るまで、誰でも言おうと思えば「私は受験戦争を経験した」と言えてしまうゆえ、そこから何かしらの言説を単純に引き出すのは無理がある、というもの。何にでも当てはまるなあ、これと、授業中に思った記憶がある。二十歳そこそこの人間は自分の半生、およそ10年ぐらいでの人生で物事を語ってしまうが、歴史は記録があるだけでも4000年は続いているのだから、一人の人間の10年足らずの経験で、さもそれが一般性をもつかの如く語ってはいけない。気をつけよう。
と、自殺云々のmixiコメントをみておもった。
と、自殺云々のmixiコメントをみておもった。
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ジャンニ・ヴェルサーチは1997年、高級娼夫であるアンドルー・クナナンによりマイアミにて射殺された。犯人であるクナナンもその一週間後、警官に囲まれる中自殺してこの世を去っている。
偉大なるウィキより……
日本社会党委員長の浅沼稲次郎は、右翼青年で当時17歳だった山口二矢により、演説中に刺殺された。山口青年はすぐに取り押さえられて逮捕されたが、およそ二週間後に少年鑑別所で自殺している。
偉大なるウィキ、再び……
下の浅沼委員長暗殺事件は沢木耕太郎の「テロルの決算」があるし、ヴェルサーチの事件も小説化したら面白いと思うけど、特に見当たらない。
ときめきメモリアル4やりたいなあ。ゼロ年代の締めくくりに相応しい構造と、面白さを兼ね備えているといたるところで大評判。ニコニコの実況でさわり(さわりって「冒頭」という意味じゃないらしいけど)をみる限り、相当洗練化されたインターフェイスに「まさかの萌える」主人公のキャラグラフィックが印象的だった。
でも、アマガミもやらないといかんのだ、突っ込まれてボロの出ない程度には……。森島はるかルートの終盤で止まってた記憶がある。まだ七咲しか攻略してない。ESやら筆記対策やら大学のテストやらで糞忙しいのに参った。就職活動に迎合しきるわけにもいかん。
「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」
すべては不合理から生ずるのだと、ギリシャの合理的精神が唱えたように、世界は不合理で、所詮物語は見出すものであり、我々に不断に突きつけられるのは起こった事実のみである。このことを指摘し、ましてや子どもに教示しようなどすれば非難にあうだろう。子どもには酷だと。しかしそう言う人たちは、夢を見ていたいのは当の子どもではくて、大人で、子どもは常に真剣に生きていることを忘れていないか。子どもの涙が大人の涙より小さいなんてことは絶対無い、とはケストナーの言だ。子どもの頃を忘れた大人の歪んだ夢が、物語を間違った形で子どもに提供しようとする。勧善懲悪の物語が「リアル」だなんて子どもに信じ込ませ続ける真似は絶対してはいけない。壮大な物語の中を生き、挙句無差別テロを起こして破滅した人間達を忘れたのか。
この戦国大合戦は最後のシーンでこの思いに応えてくれる。クレしんだからこそできることだろう。善悪もない、原因が何かなんてよくわからない、それでも人は死に、我々は置いていかれるのだ。この事実に正面から向かい合えたとき、人はちょっとだけ優しくなれるし、強くなれる。そして、しんのすけはそれを知った。
しんのすけの最後の金打の音が、まだ耳に響いている。
今日から早朝バイトが一週間続く。10月17日、外はまだ暗い。早朝の時間、夏ならば白く透明だった空気も消え、秋が深まっている。まだ顔を見せぬ太陽が西から天球を焼き始めて空は見事な色彩のグラデーションをみせていた。街はそれに応えて暗闇を放逐し始めるだろう。
午前五時ょうど、自宅の前を通る道路の先へ顔を向けたとき、私は小さくて黒い影を目に捉えた。長らく使っている眼鏡は正確に焦点を結ぶことが出来なくなっていた。それゆえ私は影の正体がうまくつかめずに終わった。隅はまだ暗いし見間違いだろうと思っていたが、翌日全く同じ時間に同じ影を目撃したことにより有象無象からこの出来事は掬い上げられて以後私の頭にぼんやりとした懸念を残すこととなった。
私が欲しかった答えは5日後の10月23日に出た。みたび早朝だった。道端にいた影が私の家に向かい緩やかに動き出した。近づくにつれて明確になる輪郭。正体は黒猫だった。撫でつけられたような毛の黒は空から振る灯りを無視するほどに力強い。街はこの黒を未だ駆逐できずにいるようだ。黒猫は首輪をつけていなかった。首輪の跡も見えないから、人に飼われているわけではないらしい。そうこうする間にも黒猫は自らの存在を否定するような静かさでこちらに歩み寄り、玄関から数メートルというところまでやって来てその足を止めた。黒猫は私に一瞥を送り、その薄い緑の瞳を見せる。刹那、家々が溜め込んできた朝日が決壊して黒猫に覆いかぶさった。白猫。それも束の間、興味をなくしたのか黒猫はすぐに正面へ向き直ると、再び歩き出して私の視界から消えていった。
午前五時ょうど、自宅の前を通る道路の先へ顔を向けたとき、私は小さくて黒い影を目に捉えた。長らく使っている眼鏡は正確に焦点を結ぶことが出来なくなっていた。それゆえ私は影の正体がうまくつかめずに終わった。隅はまだ暗いし見間違いだろうと思っていたが、翌日全く同じ時間に同じ影を目撃したことにより有象無象からこの出来事は掬い上げられて以後私の頭にぼんやりとした懸念を残すこととなった。
私が欲しかった答えは5日後の10月23日に出た。みたび早朝だった。道端にいた影が私の家に向かい緩やかに動き出した。近づくにつれて明確になる輪郭。正体は黒猫だった。撫でつけられたような毛の黒は空から振る灯りを無視するほどに力強い。街はこの黒を未だ駆逐できずにいるようだ。黒猫は首輪をつけていなかった。首輪の跡も見えないから、人に飼われているわけではないらしい。そうこうする間にも黒猫は自らの存在を否定するような静かさでこちらに歩み寄り、玄関から数メートルというところまでやって来てその足を止めた。黒猫は私に一瞥を送り、その薄い緑の瞳を見せる。刹那、家々が溜め込んできた朝日が決壊して黒猫に覆いかぶさった。白猫。それも束の間、興味をなくしたのか黒猫はすぐに正面へ向き直ると、再び歩き出して私の視界から消えていった。
頭を右に向けてみると、部屋には上着とボトムスがうず高く積まれていた。部屋の真ん中に整然と積まれたその山は、薪を思わせる。俺から見て4時35分の位置に二本、プラスチック製のハンガーが突き出していた。俺はこのカラフルな薪に火をつけてみたくなったが直ぐに思い直して、自分に言い聞かせるように、断念した。ここが燃えれば住むところは無くなる。今の俺はどこか血迷っている。ぬくぬくと俺を守ってくれるマイホーム。その腹の中に火を灯して焼き殺そうなんて、本当に俺はどうかしている。気を取り直すため三日ぶりに歯を磨くことにした。ベッドから右腕を立てて起き上がり、左足にかかったタオルケットを跳ねとばす。口の中は得体の知れないガスでも出ているのか、圧迫感がある。そして何より二日前の焼肉のせいか、連日の酒のせいか、口内が粘つく。ブラッシングだけではこの状態をリセットすることは難しいかなと思いつつ三日ぶりの洗面所に行くと自分の女が土佐犬とセックスをしていた。器用なことにその土佐犬は正常位の姿勢でへこへこと腰を動かしている。女は白い喉を見せて喘ぐばっかりだし、土佐犬はピストンに一生懸命で、どちらも俺に気付かない。先ほど却下した焚き火の案が俺の横隔膜あたりからむくむくと不快感とともにせり上がってきた。それが吐き気だと気付いたときにはもう遅く、俺は土佐犬のたるんだ腰の辺りに吐瀉物をぶちまけてしまった。そのとき、犬とは思えぬ叫びが聞こえてきたけど、俺は「洗面所はタイルだから掃除が楽でよかった」とか、吐瀉物を見て「あれ?俺麺類なんか食べたっけ?」とか考えていて、その強烈な、実に「人間みたいな」叫び声に特別違和を感じなかった。そんな俺とは無関係に暴れまくる我が胃腸目掛けて強烈なローブローが叩き込まれたとき、はじめて俺は目の前にいるのがどうやら犬ではなくて人間だということに気付くのだが、涙で霞んだ目ではその確認など出来るはずもなく、自分の頬を自分の吐瀉物にベッタリつけながら何とか呼吸しようと必死に悶えていた。
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